●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2018年4月 ストックホルム
零下9度のストックホルム。郊外で半分を森林に囲まれた住宅地の一角に北朝鮮の駐スウェーデン大使館があった。3月15日から18日まで同地を訪れた李容浩外相を取材しようと、3泊5日でストックホルムに出張していた。米朝首脳会談を本当にやるのか、非核化をするのか、李外相の発言に注目していた。
凍て付く空気のなか、外で待つのは2~3時間が限界だ。それ以上待っていると、足元からしびれてくる。北朝鮮の取材にはいつも苦労が伴う。彼らが決して自分たちの行動を明かさないからだ。明かすのは、自分たちが主張したいことが発生して記者会見を開く時ぐらいだが、それとて始まる30分前くらいに突然、現場で予告する。仕方がないから、無駄足を覚悟で待つしかない。
最終日の18日、李外相は恐らく午後7時発の飛行機で北京に向かうと思われた。前日も日没まで粘ったが、李外相がそもそも大使館に戻ったのかどうかも確認できなかった。「いなかったらどうしようか」とも思ったが、前日までにスウェーデン政府との協議は終了しており、立ち回りそうな現場は大使館しかない。朝9時ごろからひたすら待った。
午前11時半ごろ、大使館から1人の中年男性が出てきた。外から柵越しに声をかけた。「外相とお出かけですか」。いつも無視されることが多いのに、この男性は珍しく振り返り、「いえ。私は買い物に出かけます。外相は中におられますよ」と答えてくれた。「外相がいることがわかっただけでももうけもの」と喜んでいると、この男性は車に乗り、いったん大使館の建物に横付けした後、出て行った。車が脇の道路をすり抜けたとき、後部座席に乗った李外相の顔が見えた。まただまされた。
北朝鮮大使館の男性の行動は非難できない。これが北朝鮮の常識だからだ。韓国の専門家は北朝鮮の行動原理について「ゲリラ戦だ」と語る。抗日闘争や朝鮮戦争でゲリラ戦術を駆使し、中国やベトナムからも学んだ。自分たちが弱い立場だと自覚しているので、勝つためには何でもする。約束も破っても構わない。
「だから、北朝鮮は米国や国際社会と結んだ約束を何度も破るんだよ」と、この専門家は教えてくれた。1994年に米朝枠組み合意を結んだ時の担当者だったガルーチ元米国務次官補は「北朝鮮にだまされた」と怒っていたが、「合意は履行するものだ」と考えている西欧社会と価値観が違うのだから、仕方がないのかもしれない。
だが、間もなく行われる南北や米朝の首脳会談で、同じ轍を踏むことは許されない。「疑い深い」「そんなに戦争したいのか」という批判もあるかもしれない。でも、災いを後生に先送りするよりはマシだ。ストックホルムで李外相からコメントは取れなかったが、改めて貴重な経験をした。
(朝日新聞社 牧野愛博)