●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2018年8月 ソウルの熱帯夜
今年は日本各地、いや世界各地が猛暑に見舞われている。韓国も例外ではない。7月23日朝のソウルは最低気温が29・2度までしか下がらず、1907年に近代的な観測が始まって以降、最も暑い朝になった。これまでは1994年8月に記録した28・8度が最高だった。韓国では7月第3週に暑さが急上昇。熱射病など猛暑による患者が、前年同期の約2倍にあたる556人、死者も7人を数えた。韓国では1994年以来の猛暑。最高気温が35度を超える日が2日以上続くと予想される場合に出る「暴熱警報」が頻発する事態に陥った。
韓国の知人と会うと、あいさつ言葉は「夜、どうやって過ごしていますか」になる。ソウルは日本の福島県ぐらいの緯度だが、シベリアから寒気団が降りてくるため、冬は厳しい寒気に襲われるものの、夏は比較的涼しいとされてきた。大体、8月の初めからお盆くらいは厳しい暑さになるが、それ以外の季節はしのぎやすかった。お金がないというわけではなく、「クーラーなんて持っていない」という家庭も結構あった。
それが近年の地球温暖化のせいか、ソウルもクーラーなしでは過ごせない。私は冷房が苦手なので、窓を全開にして寝るのだが、妻に「あなたの枕カバーを洗濯したら、枕にまで汗がしみこんでいた」といやな顔をされた。
知人たちも9割が「クーラーがないと夜寝られないよ」という意見だ。電力消費が急上昇し、アパート全体が停電する事故も頻発。
「クーラーや冷蔵庫が使えなくなった住民たちが、不快な夜を過ごした」というのが、毎朝のニュースの定番になっている。ちょっと前までは、冬にオンドルが壊れて「アパート住民が凍える夜を過ごした」というニュースは聞いたことがあったが、こんなニュースを聞くのは初めてだ。
韓国の人たちが好きな避暑のひとつが、夜に漢江のような河川や海岸のそばに出かけて、花火をしたり、スイカを食べたりして過ごす、というのがあった。今年もそういう風景はあるにはあるが、暑すぎて盛り上がらない。
少し前、ご飯を一緒に食べた、韓国軍の退役将軍に「これじゃあ、前線の兵士は大変ですねえ」と尋ねたら、ウィンクしながら「最近は、非武装地帯にあるGP(哨戒所)にもクーラーがついているんだよ」と教えてくれた。
もちろん、にらみ合う北朝鮮軍のGPにはクーラーなんてついていない。それだけでも、士気に大きな差が出るんじゃないか、とこの将軍は語っていた。
韓国政府の知人によれば、北朝鮮は独自にエレベーターを作る技術はあるが、クーラーは作れず、中国から輸入しているのだという。もちろん、制裁が続けば自由な輸入は難しい。平壌の人々は、何を考えながら熱帯夜を過ごしているのだろうか。
(朝日新聞社 牧野愛博)