●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2021年3月
言葉で考える
少し前、霞が関官僚2人と雑談する機会があった。一人は私と同じ50代、もう一人は30代。話題が「タダ飯、タダ酒」になった。私と50代官僚氏が「ロハは問題あるでしょ」「ロハはまずいですよ」などとおしゃべりしていると、そばにいた30代官僚氏がキョトンとした顔でこちらを見ている。「ロハ」という意味がわからないという。ロハをつなげると、只(タダ)という字になって、転じて無料という意味だと教えると、「初めて聞きました」と言われ、今度はこっちが驚いた。人一倍勉強もできて、いろんな本も読んだだろう。でも、30年以上の人生で、「ロハ」という言葉に、これまで出会ったことがないとは。
でも、その一方で、最近よく使われている「やばい」は、私のようなロートル記者には、どうにも抵抗感がある。もちろん、新聞記事の文で使うことはないけれど、インタビューの相手がその言葉を使えば、こちらで書き直すわけにもいかない。逆に、そんな抵抗感を持っているから、新聞は時流に置いて行かれるのだ、という批判を受けるのかもしれない。
30年前、私が駆け出しの記者だった頃、何かの事件原稿で、犯人の職業を「フリーター」と書いて、当時のデスクに叱られた。「フリーターなんて、読者が理解できるわけないだろう」というわけだ。フリーターはフリーアルバイターを短くして出来た言葉だったから、アルバイトという言葉に置き換えた記憶がある。その後、フリーターという言葉は、しっかり朝日新聞の紙面にも定着した。私が抵抗感を持っている「やばい」も、私が死ぬ頃には市民権を獲得するのかもしれない。
かなり前、相手が誰だったか忘れてしまったが、「全然」という言葉をどう使うか、誰かと議論になったこともあった。確か、学校では「全然」という言葉を使うときは、下に否定形を持ってきて、「全然、○○できない」「全然、○○ではない」という文法にしろ、と習った記憶がある。最近は、そうでもないようで、皆さん、「全然、大丈夫」といった具合に、肯定形でも使っている。もちろん、芥川龍之介が大正時代に書いた「羅生門」でも、「全然」を肯定形で使っているから、時代の流れで変化するということだろう。何が正解で、何が間違いなのか、目くじらを立てる必要はないのかもしれない。言葉はそもそも、意思伝達の手段だから、「伝わる」ということが重要なので、世間が受け入れているのに、学校が「それは違う文法だ」というのは本末転倒ということなのだろう。
ソウルにいた頃、北朝鮮から逃れてきた脱北者と、南北の言葉の違いについて話をしたことがある。朝鮮半島が韓国と北朝鮮に分断されて70年以上になる。70年も経てば、言葉も変わっていく。例えば、携帯電話は韓国では「携帯(ヒュデ)フォン」だが、北朝鮮では「ソンチョナ(手電話)」だ。最近は、韓国文化の流入にも敏感になっていて、「ハヌル(空)」といった、韓国風の名前を子どもにつけると、取り締まりに遭うという。一方で、日本統治時代に定着した言葉がそのまま残っていて、弁当という言葉をそのまま使ってもいる。世の中で暮らす人々が、自由に言葉を決められない国というだけで、北朝鮮は明らかに間違った国、失敗国家だと言えるだろう。
(朝日新聞社 牧野愛博)