●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2021年5月
ミナリ
1980年代の米国南部アーカンソー州を舞台に苦闘する韓国人一家を描いた映画「ミナリ」に出演した韓国のベテラン女優ユン・ヨジョンが、第93回アカデミー賞で助演女優賞を授賞した。韓国人俳優の助演女優賞受賞は初めてで、アジアの俳優としても1957年に映画「サヨナラ」で日本人女優のナンシー梅木が受賞して以来、64年ぶり2人目だという。
今、米国に住むコリアンアメリカン(韓国系米国人)は2019年時点で、約191万人にのぼる。2015年の国勢調査で約141万人だった日系米国人を上回る数だ。ただ、韓国系米国人の場合、混血を除いた純血の韓国系が146万人にのぼる。これは、日系に比べて移民の歴史が浅いことと、韓国系米国人たちだけのコミュニティーをつくりがちな点に関係があるようだ。映画の題名になった「ミナリ」とは、野菜のセリのこと。韓国ではチゲに入れてよく食されるが、米国人はほとんど食べない。映画でも主人公が、韓国系米国人たちにミナリを売れば稼ぎになるのではないかと思い立つシーンが出てくる。
私も1年ほど、ワシントンで生活したが、このときは韓国系米国人の皆さんに本当にお世話になった。彼らは同じアジア系ということで親近感を抱いてくださったのだろう。車を持っていない私のために、わざわざ車で近郊の韓国系スーパーに連れて行ってくれた。ワシントンには日本系のスーパーもあるが、ほんの雑貨屋程度の規模でしかない。韓国系スーパーは、本当に日本の大型スーパーと同じ規模で、ありとあらゆる品がそろっていた。働いている従業員もほぼ全員が韓国系米国人で、店内は韓国語が飛び交っていた。私はよくそこで、薄くスライスされたチャドルペギ(牛あばら肉)の冷凍肉を大量に買い込んで、少しずつ自宅でしゃぶしゃぶなどにして食べた記憶がある。
3月のイースター(復活祭)のときは、韓国人教会に連れて行ってもらった。映画では、主人公たちは地区の白人たちが通う教会に参加していたが、米国では田舎だとされるアーカンソーにも今では韓国人教会があるという。米国では無用な差別や摩擦を避ける目的もあって、黒人だけやヒスパニックだけ、韓国系だけがそれぞれ通う教会がある。
韓国から米国への移民は1970年代から80年代にかけて急増した。ほとんどが貧困から逃れ、自分の子どもたちによりましな生活をさせたいという願いからだった。映画では「1年に3万人が移民してくる」というセリフもあった。突然やってきた異国の地で生き抜くため、自然と身を寄せ合うことになったのだろう。
でも、それが逆にコリアンアメリカンたちの悩みでもある。本当に米国の社会に根付くためには、自分たちだけのコミュニティーから外に出る必要があるのではないかと、彼らは考えてきた。ただ、韓国の経済発展もあり、韓国からの移民の数は急速に減りつつある。米国を離れ、韓国に戻る人もいる。知り合いのコリアンアメリカンは寂しそうに言った。「ミナリは、自分たちの心には響くが、米国人には単なるエピソードの一つ。それが、ミナリがノミネートされた作品賞や監督賞を取れなかった理由だろう」
(朝日新聞社 牧野愛博)