●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2021年11月
シンガポールの常識、日本の非常識
最近、シンガポールから帰国した知人と会った。シンガポールの話を色々と聞かせたもらったが、2つ印象に残る話があった。
ひとつは、あらゆる分野にわたる個人情報管理だった。シンガポールの人々も外国人も、あらゆる個人情報を登録し、番号を与えられる。日本でいう「マイナンバーカード」だ。ただ、シンガポールが網羅している情報は、日本のそれよりもはるかに広範囲で、生年月日や住所から健康、年金などあらゆる分野にわたっている。カード1枚がすべてに連動しているという。
そこで私が思い出したのが、今年の春にあった新型コロナウイルスワクチンの大規模接種東京センターの予約システムを巡る混乱だ。架空の市区町村コードなどでも予約受付が完了してしまうという報道を受け、担当した岸信夫防衛相が記者会見で「接種対象となる全国民の個人情報を防衛省が把握することは適切ではないと考え、採用しないことにした」と説明した。知人の防衛省幹部は「日本では昔、国民総背番号制という言葉が流行ったくらい、個人情報を国が管理することへの抵抗感が強いじゃないですか。ましてや、防衛省が住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)に接続したら、激しい反対論が起きる可能性があります。接続には時間もカネもかかるし、最初から選択肢になかったんです」と語っていた。
当然、シンガポールにいた私の知人も、シンガポール当局に「こんなに個人情報を国が一元的に管理して良いのか」と聞いてみたそうだ。ところが、シンガポール政府の役人はきょとんとした表情になり、「それは、国家が悪事を働くということか」と問い返されたという。シンガポールの役人は「情報漏洩など悪事を働いた者を処罰する法律はきちんとある。だから、問題ない」と言い切ったそうだ。
もうひとつ、別のシンガポール政府の役人が知人に「日本は、やたらえらい人のクビを取ろうとするが理解できない」と語っていたそうだ。確かに、政府や企業で不祥事が起きると、野党やメディアを中心に「誰が責任を取るのか」という合唱が始まる。だが、シンガポールの人にしてみれば、「事件を起こした者が責任を取るのはわかる。だが、上司のクビまでいちいち切っていたら人材の損失だ。問題が起きたシステムを修正すれば良いではないか」と語っていたという。もちろん、国ごとに歴史や感情の違いがある。どちらが正しいと決めつけることはできないが、非常に勉強になった。
(朝日新聞社 牧野愛博)