●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2022年8月
民主主義への挑戦
安倍晋三元首相の国葬が9月27日に行われることになった。国葬の是非を巡って、様々な意見が出ている。国葬を主張した自民党のベテラン議員は、その理由として2つを挙げた。第1に国葬には民主主義を守るという意味があること、第2に安倍氏個人の業績への評価だという。岸田文雄首相は安倍氏が亡くなった7月8 日、記者団に対して「民主主義の根幹たる自由で、公正な選挙は、絶対に守り抜かなければならない」「安倍元総理は、憲政史上、最長となる8 年8 ヶ月にわたり、内閣総理大臣の重責を担われ、卓越したリーダーシップ、そして実行力によって、厳しい内外情勢に直面する我が国を導かれました」と語った。
確かに、安倍氏は参院選の応援演説の最中に襲われた。7月8日夕刻に開かれた自民党役員会では、「選挙活動の一時中断」を主張する声もあったが、麻生太郎副総理らが「選挙は民主主義の根幹。その場所を利用した犯罪に負けないためにも、選挙活動は続けるべきだ」と訴えたという。自民党議員の1人は「中曽根康弘元首相のように天寿を全うしたわけではない。銃撃でなくなったことを考えれば国葬がふさわしい」と語る。また、安倍氏の死去に伴い、多くの国が弔電を送ったり、半旗を掲げたりして弔意を表した。安倍氏が存在感のある政治家だったことは紛れもない事実だ。安倍氏の業績を国葬の理由にする人々は、自民党では「安倍シンパ」と呼ばれた側近議員らに多くみられるようだ。
一方、この論理には疑問を呈する声も多い。政府で働く知人の1人は「これはテロではなく怨恨によるものだ」と話す。「犯行によって人々に恐怖を与え、自分の主張に従わせようとするのがテロリズムだ。安倍氏を銃撃した犯人が、このような動機を持っていたわけではない」。また、別の知人は「民主主義への挑戦だという主張をよく見かけるが、権威主義国家のリーダーだって、狙われることがある。民主主義だけの問題ではない気がする」と語る。はたまた、さらに別の知人は「この事件は、民主主義への挑戦というよりも、日本の安全神話への挑戦だろう。警察当局の責任が厳しく追及されるべきで、政治的に話を大仰にする必要はないのではないか」と語る。
安倍氏の業績を国葬の理由とする主張に対しては、安倍氏を巡る様々な政治的疑惑を理由に、国葬はふさわしくないという反論の声が出ている。私にはどちらも一理がある主張だと思う。ひとつだけ、心配なのは、自らの主張を通したいあまり、それぞれが理性的に話し合うというよりも、叫び、非難し合う現象があちこちにみられることだ。日本は同調圧力が強い国だ。こうなると、心のうちにある言いたいことを、自由に発言できなくなるのではないか。
別の知人は「こういう雰囲気になると、リベラルは弱い。リベラルの主張の一つは多元主義で、異なる意見も聞くべきだというものだからだ。戦前の朝日新聞も、世の中の空気に負けて、最終的に戦争賛美の道を歩んだのではないか」と語った。
「民主主義を守れ」という言葉が、安倍元首相の不幸な死から学ぶ教訓であるなら、他人の意見を封殺するような言動は厳に慎まなければならない。
(朝日新聞社 牧野愛博)