●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2024年11月
選択式夫婦別姓
国連の女性差別撤廃委員会が10月29日、「夫婦同姓」を義務付ける日本の民法を改正し、選択的夫婦別姓を導入するよう勧告した。国連の委員会が、夫婦同姓を定める日本の民法を巡って勧告するのは今回で4回目だという。
選択的夫婦別姓制度とは、結婚する夫婦が名字を同じにするか、別々にするか自由に選べるようにする制度だ。1979年に女性差別撤廃条約が採択されると、各国で導入が進んだ。日本の現行の民法は、結婚した夫婦はどちらかの姓を名乗ることを定めている。
「夫婦でどちらの姓を名乗るか決めるのだから、問題ないだろう」という意見がある。でも、実際には婚姻届を提出した夫婦の95~96%で、妻(女性)が改姓して夫側の姓を名乗るという不均衡が生じている。
「通称(旧姓)を名乗ることが会社などで一般になっているから、いいじゃないか」という意見もある。私の会社でも、結婚しても、同じ姓を使っている女性が大勢いる。名前が変わってしまうと、名刺も作り変えないといけないし、関係先から同一人物なのかどうか理解してもらえず、「キャリアの断絶」を生むからだ。
それでも、不都合は生じる。知人の外交官は「海外の政府や企業などとやり取りすると、混乱が生まれる」と語る。海外とやり取りしている人が旧姓を通称として使い続けている場合、その人の旅券(パスポート)の姓(現姓)が異なる場合が発生するからだ。相手は「本当に同一人物なのか」怪しみ、取引に時間がかかったり、信用を落としたりするケースが相次いでいるという。欧米の主要国や中国や韓国などは軒並み「夫婦別姓」が基本なので、余計、日本の「夫婦同姓」は理解されにくい。
では、なぜ日本では夫婦別姓が進まないのか。周囲に色々聞いてみると、結婚する人々の父母あるいは祖父母の世代には、まだまだ「夫の姓を名乗るのが当然だろう」という空気が残っているためではないか、という意見が多かった。ところが、朝日新聞が24年7月に行った世論調査では、「選択的夫婦別姓」に賛成する人が73%で、反対する人の21%より3倍以上多かった。世論は「選択的夫婦別姓でも構わない」と考えているのに、政府・与党は「国民の間に様々な意見があり、政府としては、国民各層の意見や国会における議論の動向を踏まえ、更なる検討をする必要がある」(青木一彦官房副長官)と考えている。
自民党ベテラン議員に「選択的夫婦別姓にしても、票は逃げないのではないか」と聞いたら、答えは「旧安倍派を中心にこれまで権力の中心にいた勢力が、夫婦別姓や性的少数者の問題に慎重な姿勢を見せているからだ」というものだった。確かに総裁選で最後まで石破茂首相と争った高市早苗・前経済安全保障相らは夫婦別姓に慎重な姿勢を唱えて来た。石破茂首相も従来、夫婦別姓に積極的だったのに、最近は慎重姿勢に転じた。ベテラン議員は「政権を握った以上、これまで権力を握っていた勢力を敵に回したくないという思惑が働いている」と指摘する。
しかし、慎重派が理由とする「日本の伝統」と言っても、庶民が広く姓を名乗るようになったのは明治時代からだ。今回の総選挙では自民党も旧安倍派も大きく議席を減らした。今が「選択的夫婦別姓」が認められる好機なのかもしれない。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)