●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
2016年6月 韓国のチキン
ソウルも5月になって、最高気温が30度を超える日も出てきた。夕方になると、屋外でビールを楽しむ人々の姿も目立つ。代表的なおつまみはチキンだ。韓国ではよく、これを「チメク(チキンとメクチュ〈ビール〉の造語)」と言って楽しむ。
我が家も妻が家事に疲れたときは、チキンに走る。韓国の場合、ほとんどのチキン店が配達(ペダル)をしてくれるのもありがたい。我が家がよく利用するのは、日本人が多く住む場所で繁盛している「漢江チキン」。鶏1匹分を6ピースにぶつ切りにして揚げたものが1万3千ウォンくらい。「普通味」と「辛い味」があるが、我が家はもっぱら「普通味」を楽しんでいる。
このお店は独立店舗だが、フランチャイズ店も多い。それぞれ、「一口サイズ」とか「ウェルビーイング(健康志向)」とか、様々な趣向を凝らしている。3年前に銀行系の研究所が韓国にあるチキン専門店の現状を調べたところ、総数は3万6千余にのぼった。非登録の店やチキン以外の料理も出す店も合わせると、総数は5万を超えるという指摘もある。世界中のマクドナルドの店舗数を上回る数字なのだという。
お陰で、この国では日本のように「フライドチキン=KFC」という発想がない。クリスマスイブにKFCに客の列が出来たところを見たこともない。チキン専門店があふれているから、KFCに韓国人の目が向かないようだ。
それだけ競争も厳しい。街を歩けば、すぐにチキン専門店にぶち当たる。たいていの店が深夜まで営業し、配達もするなど、業態も似たり寄ったり。この10年間で新たに5万店以上が新規参入したが、チキン専門店の「平均寿命」は2年ちょっとに過ぎないという。
専門家に話を聞いたら、「新規で店を始めようとする人たちは、20代と50代が多いのだ」と教えてくれた。韓国では実に7割が大学に進学するという高学歴社会で、若者の就職難が深刻。自分が希望する仕事が見つからず、自営業を選ぶ人が多いという。韓国は大企業でも定年までしっかり働かせてくれる企業は多くなく、50代で脱サラする人が結構いる。彼らも再就職がうまくいかず、やはり自営業を選ぶのだという。自営業で人気があるのがコーヒーショップとチキン専門店。どちらもある程度の資金があれば何とかなるからだ。フランチャイズに加盟すれば特別な技術も必要ない。
かつて韓国は「IMFショック」と呼ばれる深刻な経済危機に見舞われた1997年ごろ、チキン専門店の数も増えたという。
美味しくて香ばしいチキンの味には、韓国の人々の色々な苦労が詰まっている。
(朝日新聞社 牧野愛博)