●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2016年2月 児童虐待事件
日本でもそうだが、韓国でも最近、児童虐待のニュースが連日、世間を賑わしている。きっかけは昨年12月に西部の仁川市で起きた事件。女児がスーパーマーケットで食べ物を探している様子を不審に思った店主が警察に通報して発覚した。小学生5年生だというこの女児は、身長120センチ、体重16キロしかなかった。女児は近くのアパートに両親と一緒に住んでいたが、日常的に暴力を受け、食事も満足に与えられていなかった。当時は、窓際の洗濯室に閉じ込められていたが、お腹が減ってどうしようもなくなり、窓からガス管を伝って逃げ出したという。
今年1月にはソウル市郊外の富川市で小学生男児の遺体が冷凍状態で見つかった。男児は入学から間もない2012年4月から、ずっと小学校を欠席していた。遺体には両親から日常的に暴行を受けていた痕跡があり、警察は父親を殺人容疑で逮捕した。
慌てた韓国政府は全国約5900の小学校を長期間欠席している児童を対象にした緊急調査を1月末まで実施した。所在がわからず、警察に通報するなどした児童が91人。87人の所在までは把握したが、このうち18人は父母から虐待を受けていた。
残る4人の所在はまだわからない。警察は4人のうち3人は、指名手配中の父母に連れられ、逃亡生活を送っているとみている。残る1人は福祉施設にいたが、父母を名乗る人間が連れ出して以降、行方がわかっていないという。
韓国は日本に比べて、人間と人間の距離が近いと言われてきた。街を歩いていて、道がわからなくなれば、案内板を探すよりも人に声をかけて尋ねたし、近所付き合いも濃密だった。私も以前、特派員としてソウルで生活していたころ、当時幼稚園児だった長男を連れてバスに乗っていたとき、見ず知らずのお年寄りが声をかけてきた。お年寄りは長男としばらく話をした後、千ウォン札(約100円)を握らせ、「これでお父さんに飴でも買ってもらいなさい」と声を掛けてくれた。逆に、長男が地方の大浴場で走り回っていたとき、近くにいたおじさんに大きな声で怒られ、一緒に恐縮したこともあった。
ただ、最近は都市生活者や核家族が急速に増えているほか、インターネットなどの発達で個人生活の空間が広がりつつある。日本と同じで、韓国でも列車やバスで携帯電話をいじる乗客も増えている。
今回の児童虐待事件で、韓国の世論は「周囲がどうしてもっと早く、虐待の事実に気づいてあげられなかったのか」という点に関心が集中した。それは、急速に失われつつある、古き良き韓国の姿を惜しみ、取り戻したいという気持ちの表れなのだろうと思う。
(朝日新聞社 牧野愛博)