
●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
取材裏話の牧野記者よりメッセージ
いつも裏話への感想やご意見ありがとうございます。最近、ニュースレターを始めました。登録は無料ですので、もし私の記事にご関心があるようでしたら、ご登録していただけると嬉しいです。
牧野記者が読み解く世界の安全保障朝日新聞の牧野愛博記者による解説コラムです。安全保障や国際問題など幅広いテーマで定期的に配信します。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
![]()
2025年9月
なぜ北朝鮮はベトナムになれないのか
9月2日はベトナムの独立80周年記念日だった。ハノイ・ホーチミン廟の前では軍事パレードが行われた。私は本番と8月30日にあった予行演習を取材した。日中の暑さを避けるため、パレードは午前6時頃から8時過ぎの日程で行われるよう調整されていた。5時過ぎに会場に着くと、すでに大勢の人が集まっていた。赤字に黄色い星をかたどった国旗に似せたTシャツやアオザイに身を包んだ人も数多く見られた。
パレードでは戦車やミサイル、各軍部隊の行進などが続いた。その脇で立って国旗や花束を振る一団がいた。男性は白いカッターに黒いズボン姿、女性はアオザイを着ていて、大学生のようだった。軍服を着た係に列を乱さぬよう指示され、合図があるたびに、一斉に国旗と花束を同じ方角に向けて振った。途中、貧血を起こしたのか、アオザイ姿の女性の体がふらついた。慌てて係の人間が近づき、別の男性と交代させた。午前9時前、パレードが終わると、参加者は一斉に帰宅の途に就いた。
この光景を見ながら、北朝鮮のことを考えていた。北朝鮮とベトナムは、中国、ラオス、キューバと並び、世界で5カ国だけ残った共産主義国家だ。両国の当局者らはお互いを「同志」と呼び、特別な関係であることを確認する。2019年2月にはハノイで行われた米朝首脳会談の機会に、朝越首脳会談も行われた。
同じ共産国家でありながら、ベトナムには北朝鮮では決して見られない「ゆるさ」がある。
ベトナムメディアによれば、パレードに参加した部隊や組織は5月から7月まで個別に練習し、7月下旬から全体練習を繰り返した。パレードでは、足並みこそ乱れないが、ひざの関節を曲げない「グースステップ(ガチョウ足行進)」はホーチミン廟の前を通り過ぎる間だけ行った。
また、道路わきで旗や花束を振っていた人々を子細に観察すると、まじめに肘から先を左右に振っている人もいる一方、疲れたのか手首だけを動かして、「おざなりに」済ませていた学生もいた。後方の観覧席では人文字も見られたが、ベトナム国旗の模様など単純な絵柄を何種類か演出した程度だった。パレードの途中、私語を交わしているベトナムの人々が何人もいた。
北朝鮮ではこうはいかない。全体練習は3カ月以上前から始まる。子供たちは集団演技に駆り出されてヘトヘトになる。北朝鮮では最高指導者が出席する行事には通常、開会の5時間前からの集合が義務付けられている。パレードが終わっても、保安上の問題からすぐには帰宅できない。
ハノイに住むベトナムの知人(44)によれば、道路わきで立っていた学生たちや、観覧席で人文字を作っていたのは、大学や職場から徴用された人々だという。ただ、パレード自体は人気もあり、地方から見物に来る人も大勢いたそうだ。ホーチミン廟近くのホテルは満室になったという。ベトナムの「適度な緩さ」がパレードに対する反発よりも歓迎につながっているようだった。最高指導者が任期制のベトナムに対し、北朝鮮は最高指導者が死ぬまで権力を握り続ける。それがパレードを巡る「緊張の違い」を生んでいるのだろう。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)





















朝日新聞取材裏話2025年10月


