●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2021年4月
北朝鮮のニュース番組
先日、知り合いのフリーのディレクターと話をする機会があった。30代後半で、報道番組を中心に手がけてきた彼は「昔と今では、お茶の間の関心も随分変わりましたね」と語る。
彼が20代のころは、事件が報道の花形だったという。「大きな事件が起きたと聞けば、日本全国どこにでも行きましたよ」という。でも、この10年くらいで、事件を取り上げても視聴率が取れないようになってしまった。「やっぱり、人の不幸を見ると、最後に暗い気持ちになっちゃうから、受けないんでしょうね」。
その代わりに、注目を浴びるようになったのが国際ネタだという。「最初は韓国でした。朴槿恵政権のとき、日韓関係が大揺れだったり、大統領が逮捕されたりして、話題が一杯ありましたから」。最初はおそるおそる、韓国ネタを流したところ、びっくりするほど視聴率が上がり、それからどの放送局も韓国のネタを使うようになったのだという。「最近は、中国も大丈夫です。王室モノなら英国にも関心が集まりますね」。視聴者の皆さんが気軽に海外に出かける時代になった事情もあるだろう。若い人はユーチューブに流れているため、視聴者の平均年齢が上がって、色々な問題意識を持って見ることができる国際ニュースに関心が向いているのかもしれない。
そんな話をしていて、私が毎日チェックしている朝鮮中央テレビの報道番組のことが頭に浮かんだ。毎晩8時に流れるニュースの録画を見ている。時間は大体15分から20分強くらい。日によって放送時間にばらつきがある。パターンは大体決まっていて、金正恩朝鮮労働党総書記に関する話があれば、それがトップニュース。どこかの国の元首が祝電を送ってきたとか、現地視察に出かけたとか、正恩氏が主語になるニュースだ。その後、「一心団結」といったスローガンをアナウンサーが読み上げ、続いて、1月に開いた党大会で決めた新経済5カ年計画の達成に向けて頑張っている職場の話。発電所や農場の人たちが出てきて、「ものすごく頑張ってます」「期待してください」というようなことを熱弁する。その後は、彼らが「新型悪性バイラス」と呼ぶ新型コロナウイルスが世界で蔓延しているというニュース。最後にちょっとだけ、海外の災害(噴火だとか洪水とか)や環境保護運動などを流して終わる。そう、ここでは決して、北朝鮮で起きた事件事故は流さない。北朝鮮に詳しい専門家に聞いたら、「そりゃあ、地上の楽園だからそんな不祥事は言えないでしょう」と言われた。
昔、この人が訪朝したとき、地方に視察に出かけた。地方で借り上げた車の運転手さんは、海外からの客を乗せているという意識がなく、いきなり、「近所で起きた不倫殺人事件」について語り始めたという。自宅で不倫していた妻に逆上した夫が、妻を殺害したうえ、その罪を不倫の相手の男になすりつけようとしたという話だった。専門家は「ああ、北朝鮮の人もこういう話には関心があるんだな」と思いながら、隣に座った北朝鮮の案内人に目をやると、黙ってじっと目を伏せていたという。
北朝鮮も人が住む国。北朝鮮国営メディアが流すニュースを見て、あの国を理解したと思いがちな自分を戒めた。
(朝日新聞社 牧野愛博)