●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2016年11月 金英蘭法
特派員にとって会食は生命線と言っても過言ではない。韓国は民主国家だが、準戦時国家でもあるため、外国メディアに対する情報統制が非常に厳しい。外交部の場合、オフィスに入るためには登録が必要で、当局者が誰と会ったか、すぐにわかってしまう。国防部はそもそも、立ち入りすら殆ど認めない。
そうなると、当局者から話を聞けるのは食事の場くらいしかないから、一生懸命、食事の予約を入れる。
それがこの9月末から、大きな変化が生まれた。いわゆる「金英蘭法」と呼ばれる接待制限法が施行されたのだ。公務員や学者、メディアなどが対象で3万ウォンを超える食事の提供は違法になる。私たち海外メディアは対象外とされたが、会食の相手が公務員や学者なら、相手が処罰の対象になってしまう。昼ご飯なら問題もないが、今時、1人3千円で酒席をやりくりするのは、大学生でも大変だ。
混乱も起きている。ソウル近郊の水原市の地方検察庁では、1杯2千ウォン(180円)のコーヒー2杯が問題を引き起こした。この法律は100万ウォン以下の金品を、問題と関係がある職務権限を持つ人に送ると違法になる。100万ウォンを超える金品は職務と関係なく刑事罰の対象になる。
このコーヒーは刑事部の捜査官の机の上に置かれていた。捜査官が調べると、ある事件の被害者女性が置いていったものだということがわかった。コーヒーが単なるお礼なら良いが、請託をするつもりで贈った「金品」なら、受け取った捜査官も処罰される。慌てた捜査官はコーヒーをすぐに捨てた。地検内部で対策会議を開く騒ぎになったという。
同法施行の少し前、政府機関が開いた朝食会では、それまでホテルのケータリングサービスを頼んでいたが、ここぞとばかりに模範を示そうと、安いお粥屋に出前を発注。わざわざ朝早くから職員が受け取りに出向くことになった。
清く正しく、は大事なことだが、果たしてこの騒ぎが、一般常識にかなっているのかどうか。確かに、この法律が作られた背景には、韓国社会が抱える深刻な不正腐敗がある。「付き合いも色々あって大変だろうから」という理由で、知人や業者に資金援助を受ける検事を「スポンサー検事」と呼んで、批判しながらも半ば放置してきた。韓国メディアは当局者と会食しても、ほとんど金を払わない。韓国政府の知人は「零細メディアが多いから、金を出してやるのも仕方がない」とまで言う。
法律が必要な背景はわかる気もするが、それにしても、余りに性急かつ極端ではないか。韓国政府は2~3年経ってから、法律の見直しも考えるとしているが、一体いつまでこの法律は生きながらえるのだろうか。
(朝日新聞社 牧野愛博)