●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2016年7月 韓国での戦車試乗体験
先日、小学生の長男を連れて、南北軍事境界線近くの安保体験ツアーに出かけた。個人的に参加している安保研究所セミナーの野外活動。皆、家族連れで60人ぐらいが参加したが、日本人は我々親子2人だけだった。長男が片言のハングルで自己紹介すると座も和み、和気あいあいのバス旅行になった。
最初に訪れたのは南北軍事境界線。東西約250キロにわたって長く伸びた鉄条網を眼下に眺めながら、長男に「鉄条網の向こうが非武装地帯、その先は北朝鮮だよ」と話すと、不思議そうな表情を浮かべてずっと眺めていた。連絡道路の周辺には、地雷が埋設されていることを示す赤い逆三角形の表示があちこちにあった。長男には、映画のような世界で物珍しいようだった。
私が参加している安保研究所の所長は、元陸軍将校で大統領府にも勤務したことがあり、顔が広い。「今日はスペシャルメニューを用意したから」と言うので、何かと思っていたら、韓国軍が誇るK-9自走砲とK-1主力戦車への試乗体験だった。
K-9自走砲は、2010年11月の大延坪島砲撃事件で、北朝鮮軍陣地に向けて反撃を加えたことで知られる。記事では何度も紹介してきたが、実物を見るのは初めてだった。
新鮮だったのが、こうした兵器に対する韓国の人々の距離感だった。日本は戦後長らく、戦前への強い反省が高じて、こうした兵器に異様なほどの嫌悪感があった。自衛隊が基地内で体験会を開いて小学生を招待するだけで批判の声が上がった。昔、博物館を取材した折り、旧日本軍のゼロ戦を展示する際、日の丸を消すかどうかで論争があったという話も聞いた。
今は今で、自衛隊を褒めちぎる声があちこちに満ちている。自衛隊の知人が「自分たちもこのギャップに戸惑っている」と話していた。
それに比べると、韓国の場合は、男子に兵役制度があるせいか、ごく自然に基地の兵士と会話し、当たり前のように兵器と向き合っている。男性の場合はほとんどが兵役経験者だから当然の話なのだが、日本人の私には新鮮に映る。
私は何でも事実を知りたいという性分から、あまり関心を示さなかった長男を連れてきた。キムチと豚肉炒め、味噌汁という一般兵士の食事を韓国軍の皆さんと一緒に頂き、K-1戦車にもK-9自走砲にもありがたく乗せていただいた。格好良いという感情はわかなかったが、こんなゴツゴツした乗り心地の良くない鉄の塊のなかで、命のやり取りをしなければならない人たちの苦労には少しだけ触れられた気がした。後日、案内役だった兵士の1人が、私たちの安保体験写真を大量に送ってきてくれた。「なかなか良い、お父さんぶりでしたよ」というコメントが付いていて、嬉しかった。
(朝日新聞社 牧野愛博)